2014/06/10

from studio

今も美術大学とはどんな所なんだろうか。と想像する事がある。美術大学に通っていた友人は沢山いる。彼らがどんな様子で美術を学んでいたかは知らない。僕は時間だけは蓄えていた20代前半、一年間だけとある美術大学の友人のアトリエの空きスペースに通っていた事がある。時間をもてあましていただけだとおもうのだけれども、そこで絵を描いていた。ときには食堂で安ご飯を食べたりした。芸術祭にも参加した。そこで出会った友人もいる。僕は高校を卒業して1年美術予備校という所に通わせてもらい受験の為の絵を勉強していたのだけれども、バイク事故で長期入院してしまい、半年しか通えなかった。大変ご迷惑ご心配をかけてしまった。今ではあの壮絶な痛みも良い経験だったと思うのだけれど。。病院のベッドで天井を見つめながら思った事の1つに「絵が描きたいな」だった。その後、希望の大学への行く事も無く、高校時代の先生にお仕事を紹介してもらい働きに出た。高校ではデザイン科という絵が描ければ入学できる。という素晴らしい入試条件だったのでそこに決めた単純な理由。僕は三年間デザインに関わる様々な事を体験していたのだと思いだす。写植、シルクスクリーン、染色、木版、銅版、油絵、写真。今の僕に役に立っているかどうかはわからないけれども、今でも諦めずに続けてきて良かったとおもう。そんでもって今でも大学へ行っていたらどうだったのだろうか。ふと思うときがある。上記写真のおばちゃんは田中先生と言って、僕が高校生の時に油絵を教えてもらっていた先生。数日前セントラル画材に苦手なリキテックスを買いに行ったるがね。てことでリキテックスを購入。帰ろーかしゃんと駐車場へ向かい、くるっと180度、やっぱシャーペンも買っとくか、となり、再度お店に出戻り。「4Bのシャーペンの芯ございます?」と購入。今度こそ帰ろうかとした所、ドア〜の所でおばちゃんと店員さんがごにょごにょ。どうやらおばちゃん、昼飯時だった事もあり「この辺りに蕎麦屋さんありますか?」と店員にお尋ね。店員は即座に答える事ができず、他のスタッフに相談しに。っていうか店員の青年、蕎麦屋くらいこの画材屋のまわりに一軒や二軒くらい記憶しとけや!とおばちゃんに教えたろかしゃんと顔を伺うと、お互い目が点。数秒の間。それがかの、当時はうるせー先生だったわ!いや、マジ色んな事教えてもらってありがとうございます。上記の写真、田中先生だったのであります。約20年ぶりの再会となったのであります。田中先生は京都芸大卒。

目眩、続く。

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